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リスク対イノベーション①〜イスラエル企業と取引する際のリーガルプロセスについて


イスラエルスタートアップと日系企業との数々のPOC (Proof of Concept)、いわゆる実証実験やインテグレーションに関わっていると、両社の感覚の違いでボトルネックが生じ、思うように進まないという事態にしばしば出くわす。

今日はその中でも、ボトルネックとなりがちな法務関連の事項について触れてみたい。

以前にも日本やアジアにイスラエル技術を持ち込む難しさの一つとして法務や労務に関する違いを取り上げたことがある。しかし、今度はもう少しビジネスの実務に近い、リーガルプロセスに関する感覚や考え方の違いについて言及したいと思う。

イスラエルのスタートアップとやり取りを始めようと思うと、必ずと言っていいほどNDA(Non-disclosure Agreement)、つまり守秘義務協定の締結という壁に直面する。私は前職で数十カ国のスタートアップと契約交渉をしてきたが、イスラエルのスタートアップはまずNDAを結ぶことを重視しておりこだわりが強い。その点では、他国と比べても慎重な印象を受ける。理由は技術の流出に対する意識の高さと、(ヨニー曰く)非常に疑い深いイスラエル人の性格によるものだろうと思う。

では、なぜNDAの締結が障壁になるのか。これを難題と言う理由は、多くの大手日系企業では容易に英語のNDAを締結できる体制になっておらず、プロセスがここで止まってしまうことにある。実際に私が過去に働いたことのある日系企業でもここが非常にネックであった。

日系企業では、内容にリスクがないかを検証し、仮にそのリスクが起きた場合には誰が責任をもって対処にあたるのか稟議により明確にするプロセスがある。場合によっては最終サイナーも会社の代表取締役だったりもする。担当者からすると、一緒に事業をやるかどうかまだ分からない相手とそこまでしてNDAなどの契約を結ぶのは腰が引けるものである。

このように法務部の内容チェックから社内決裁や稟議を通すプロセスには、それなりの時間が必要になる。しかし、イスラエルのスタートアップはこの構造が分からないため、時間がかかることも大ごとに受け取られることも、全く理解ができない。リスク分散に関する意識がまるで違うからである。

ビジネス(進めたい側)とリーガル(リスクを回避したい側)の間には、永遠に埋まらないと思われるような深い溝が存在している。イスラエルスタートアップと日系企業とのビジネスメイキングをやっていると、ここがものすごく顕著に表れてくる。

私自身もバイバー(Viber)にジェネラルカウンセル(最高法務責任者)として入ったとき、一番初めに着手したのがリーガルプロセスの改善であった。(これはまた別途違うブログで書き綴ってみたい)。そのときのポイントが、やはりNDAであった。

そもそもNDAが発端で揉め事や訴訟になった話など、実務に携わっていてまず聞かない。数々の訴訟に立ち会ってきたが、守秘義務違反を元とした訴訟に出くわしたのはたった一回だけである。それも実際の内容としては、情報の流出というよりどちらかと言うと個人的な恨みに近いものであった。

つまり、大事なのは確率論と責任配置の考え方の整備だと言うことである。イスラエルスタートアップと仕事をする上では、考え方を整理して、素早く署名を完了できるプロセスを画一化することが重要なのだ。

前職である楽天の国際事業部は、非常に感心できる仕組みでまわっていた。当時の国際事業部長が海外事業経験の豊富な方だったので、スタートアップやグローバル企業とビジネスをする体制がそうした細かいところまで行き届いていたのである。

大げさかもしれないが、このNDAごときのプロセスで実はイノベーションの機会を逸している可能性があるのである。社内でイノベーションを巻き起こすために重要なのは、新たな技術を学ぶことだけでない。それを取り入れるために実務上の体制を整備することも非常に重要なのである。やはり「どこまでリスクを背負うか」を考えなくてはならない。Risk v.s. Innovationである。

次回もこのポイントについて更に深く、規制に対する認識の違いなどを題材に語りたいと思う。


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